移住者の声

都会で何かやりたいと思っている人がいたら「それ宮崎でやろうや!」と言いたいです。

大阪で暮らしていた時、家族全員がいっぺんにインフルエンザにかかり、すぐ近くにスーパーがあるのに数日間買い物にも行けないということがありました。前職が10年目を迎えるなど、他にも節目を感じる要素はありましたが、この出来事があって将来は近くに頼れる人が必要だなと強く感じ、Uターンを具体的に検討し始めました。どれほど住みやすい街でも、近くに頼れる人がいなければ本当の住みやすさには繋がらないことを、宮崎に戻ってきてからは実感しています。

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宮崎市には高校時代まで住んでいましたし、大阪から何度も帰省していたので、自分では勝手がよく分かっているつもりでいました。でも実際は土地勘も人間関係も薄れていて、わからないことが大半だったので、仕事探しは「ふるさと人材バンク」に登録しました。しかし、なかなか希望する職種が見つからずに苦戦。住居も、宮崎で暮らしている人に家賃の相場を聞いたり、ネットで調べるなどしましたが、かけられる交通費や時間にも限りがあったので、物件に直接足を運べたのは2回だけでした。

幸いにも私はどちらの縁にも恵まれましたが、これから宮崎にUターンしたいという人のためにも、仕事や住居の情報はもっと伝わりやすくなるといいなと思います。

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宮崎に戻って驚いたのは、宮崎の枠を超えて県外や海外でも活躍されている人が本当に多いこと。私自身も、これまでの経験を宮崎でどう活かそうかと、楽しみに思えるようになりました。
これは最近感じることですが、宮崎には都会で5速のギアで走っていた人が、ギアを落とさずに走れる環境があるし、望めば自分でその環境を作ったり、知識や経験豊富なキーマンの方とつながることも容易。これって、都会よりもむしろ好条件だと思います。都会で何かやりたいと思ってる人がいたら、「それ宮崎でやろうや!よかったらいっしょにやろうや!」と言いたいですね。

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タウン誌の編集などに携わってきた立場なので余計に感じるのですが、宮崎のまちや人、自然は魅力だらけですよ。おかげで仕事が面白いのはもちろん、休日も家族と海へ山へと遊びに出るようになり、大阪の頃は海が苦手だった息子が、宮崎に戻ってきてからは一目散に波に向かって駆け出すようになりました。勤務や通勤にかかる時間が短くなったので、平日でも家族とのコミュニケーションや自分の時間が持てるようになり、いうことなしです。Uターンして、本当に良かったと思います。

プロフィール

 1976年生まれ、宮崎市出身。大学進学を機に宮崎を離れ、四国と大阪で20年を過ごし、2014年に宮崎市へUターン。現在は印刷会社に所属しながら、取材や編集を通して宮崎の情報等を発信している。

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