移住者の声

宮崎の人にもっと自分の魅力を知って欲しい。どんどんアピールしていって欲しいんです。

建築関係について学びたいと、秋田の大学へ進学するために、宮崎を離れました。祖父は大工、父は建築士という建築一家に育ったため、幼いころから建築に興味があったんです。特に室内環境について学びたくて、特化した学科と教授がいらっしゃる秋田の大学を選びました。結果、「日本のひなた」宮崎県から、日照時間が最も短い秋田県に行くことになりました。

卒業後は、大学院まで進学し、そのまま大手の住宅メーカーに就職しました。九州支店に希望を出したのですが、願い叶わずでした。25歳になったとき「果たしてこのまま1つのコマとして働く人生でいいのだろうか。なんか違うなぁ。」とモヤモヤした思いが湧き出てきました。

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そんな時に、友人から何気なく「写真やってみたら?」と提案されたんです。もともと写真は好きだったんですが、あくまで、趣味の範囲内でやっていました。まずは勉強も兼ねて働きたいと考え、秋田の大手写真店に就職することになりました。ただここも地元では大企業だったので、あくまでも1つのコマ。昇進はするけれども、現場で実際に写真を撮ることは少なくなっていき、管理する側に回って行ったんです。徐々にフリーランスとして常に現場で働きたい!という思いが募っていきました。

そんな時、タイミングよく親から「戻ってこないか」との打診がありました。30歳手前ですかね。兄も宮崎で偶然カメラマンをやっていて、手伝うことから始めました。今は、個人のお客様からフォトスタジオでのお手伝いなど幅広く撮影させていただいてます。

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実際、宮崎でフリーでやっていくことって、都会に比べて簡単ではないと思います。まず、お客様の絶対数がどうしても少ないので。宮崎でフリーでって考えている人には、正直「やめときな!」って伝えたいです。でも「いいとこだよ!」とも伝えたい。ちゃんとした覚悟を持って動いていけるのであれば、人と自然はものすごく良い。他と比べて恵まれていると思います。働くことさえしっかり整えれば、住むのには最も適した場所だと思います。

「運動公園駅」はお気に入りの場所です。秋田では、太陽が山から昇って、海に沈みます。宮崎では逆で、海から昇り山に沈みます。なので、夕日をほとんどみることができないんです。でも運動公園駅では、そんな滅多に見れない夕日を望むことができます。秋田時代の夕日が恋しくなったとき、この駅に行って、宮崎平野に沈んでいく夕日を眺めていると、なんだかノスタルジックな気分に浸れるんです。また、たまにしかこない鈍行列車に遭遇すると、ドキドキします。ここから列車に乗って、どこか旅に出たくなるような。そんな物語を感じれる素敵な場所なんですよ。

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宮崎って、土地も人もとっても良いものを持っているのに、あえて見せないこと、アピールしないことが美徳になっているんです。古き良き日本といった感じでしょうか。もちろん、そういった一面も必要だとは思いますが、もっと自分の魅力を知って、間違っても良いからどんどんアピールして欲しいと思うんですよね。写真って、ただその時を記録するだけじゃなく、客観的に見ることで、今まで知らなかった魅力を知ることができる一つの手段でもあります。美容室に行くように、宮崎のみんなが気軽にポートレートを撮る文化ができるといいなぁと思います。宮崎の人も自然も、まだまだ未知の魅力が溢れていますよ。

【情報】
黒木コースケinstagram

プロフィール

1983年生まれ、西米良村出身。建築を学びたいと秋田の大学へ進学。大学院へ進み、卒業した後、大手住宅メーカーで就職。友人の一言で、25歳でフォトグラファーへ転身。3年前にフリーフォトグラファーとして宮崎市へJターン。

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