移住者の声

宮崎市出身で、東大宮中学校、日章学園を卒業後、東京の調理師専門学校に進みました。いろんな料理を作ってみたかったので、専門学校卒業後は東京の足立区にある、病院向けの給食センターに就職しました。そこで色々な料理を作る仕事をしていて、7年目に同じ職場に入社して来た妻と出会いました。29101766_1464121747029730_700323468771590144_n

その頃から、中華料理に強い興味を持つようになり、将来的には小さい中華料理店を自分でやりたいと「新しい夢」を持つようになりました。給食センターを退職し、専門学校時代に実習でお世話になった武蔵村山の家族経営の小さな町の中華屋さんにお願いして、修行をさせていただくことにしました。そのうちに娘が生まれ、家族3人での東京の暮らしが始まりました。それから5年が経ちましたが、まだ自分の店を持つまでの自信は持てないでいました。そんな時に妻が二人目の子供を妊娠したのです。

はじめは単純に喜んでいたのですが、生まれてくるのは1人ではなく、双子だと知って少し焦りました。東京の住居は5人で暮らすには狭く、またこれから育児にかかる費用も心配でした。そこで中学時代の同級生に相談したところ、今の会社の上司を紹介してくれたのです。

株式会社オネストツリーズでは、契約農家さんが育てた霧島鶏を使った「ぼっけもん」というお店を運営していて、その「ぼっけもん」をイオンモール宮崎の増床リニューアルに合わせて出店するとのことでした。宮崎に帰って好きな料理の仕事をする、子供達をおだやかな宮崎で育てる、どちらもとても魅力的でした。また、会社自体も海外に出店したり、素材にこだわり直営・契約農家さんで鶏を育てたりと、今後の自分の料理人としての勉強になると思い、Uターンを決意しました。DSCF3826

妻と相談して、昨年の10月に宮崎に帰って来ました。両親が住んでいた家を借りて家族5人でゆったりと暮らしています。妻は「家が広すぎて掃除が大変」とグチったりしていますが、子供達と豊かな時間を過ごせて楽しそうです。29102040_1464121730363065_4343348947243237376_n

自分の店を持つ夢はあきらめたわけではありません。ただ今は「霧島鶏の美味しさを、ぼっけもんから宮崎の人々に伝えたい」その思いが強くあります。小さな町の中華屋さんから、大きな会社の店舗に移ったので、慣れない仕事も多く苦労していますが、この仕事をしっかりやり遂げて霧島鶏を一流のブランド鶏にするのが、今の私の目標です。29133054_1464185533690018_1173756927830654976_n

宮崎中の人々が集うイオンモール、そのリニューアルしたサウスモールで、これまで自分がつちかって来た料理の経験を生かし、「ぼっけもん」を訪れくれる大勢の方々を霧島鶏の料理で幸せな気持ちにする。これは自分の夢に向かう大きなな経験になるでしょう。DSCF3817

宮崎市村角町出身。東京都で料理人の道を進む。双子の男の子の出産を機に家族5人で宮崎市へUターン。リニューアルしたイオンモールの「ぼっけもん」で、料理人の腕をみがきつつ、霧島鶏の美味しさを広めるために奮闘中。

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