移住者の声

MIYAZAKI LIFE ~夫婦移住対談~

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千葉県成田市生まれ、子供の頃から活発でプロスノーボーダーになるのが夢だった石川英治さんと奥様ミーナさん。とても爽やかでおしゃれなお二人に宮崎への移住ストーリーをお聞きしました。

夢を追いかけて海外に移住

エイジさん:19才で最初に移住目的で行ったのはハワイでした。観光ビザで行って3ヶ月間位住んでみたけどピンと来なかったんです。

そしてその年に怪我でプロスノーボーダーになる夢が断たれて、半年ほど、僕は廃人みたいだった。その頃の仲間が海に連れて行ってくれて、そこでサーフィンを体験したら面白くて、すぐに「よし、プロサーファーになろう!」と思いました。僕はチャレンジが生きがいなんです。プロサーファーに向けて海外でサーフィンの修行がしたくて、20才でオーストラリアへ。23才の時にプロテストを受けるために帰国して、それからはプロサーファーとして暮らしてた。その頃ミーナと出逢いました。

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ミーナさん:あの頃は、映画を撮ったり、雑誌の編集もしてたわね。

エイジさん:そうだね、世界中で波に乗る姿を撮影して、雑誌に載せて。そんなある時、このままプロサーファーとして生きていく人生が、つまらなく感じてしまったんです。また「新しいチャレンジがしたい!」って。

ミーナさん:その頃、彼と「いつかは家族でオーストラリアに移住したいね」って話をしていたんです。でも彼が思い切れずに、ズルズル過ごしているなと感じていました。

震災をきっかけに行動

ミーナさん:2011年に東日本大震災が起きたんです。その時、彼に「オーストラリアに行くなら今だし、今行かないなら、もう行きたいって言うな!」って言いました。

エイジさん:そうそう、いきなり「ウダウダめんどくさい!行くなら今すぐチケット取れ!」って言いながらクレジットカードを投げつけてきたんです。僕は思わず「はい!」って返事しました。それが震災の翌年でした。

ミーナさん:国内で引っ越しも大変なので、オーストラリアに移住するのも一緒だと思っていました。いざ移住してみたら想像以上に大変でしたけど(笑)

海外で飲食店をオープン

エイジさん:オーストラリアではビジネスビザの取得にチャレンジしようと、飲食店を始めて、最初は市場調査を兼ねてサンデーマーケットでたい焼き屋を開店したんです。

ミーナさん:全然売れなかったね(笑)。

エイジさん:市場調査だったから(笑)それから飲食店の資格を取って、売りに出ているカフェの店舗を探しました。

ミーナさん:小さな街をドライブしている時に見つけたお店にピン!ときて、話を聞きに行ったらオーナーがお店を売りたいって。

エイジさん:お店は決まったんだけど、売上が伸びなくてね。日本人がメキシコ料理を出していたから、今思えば売れなくて当然だった。自分たちは日本人なのだから、ここに住む人たちに日本を紹介しようと考えて、お寿司を提供したら、大当たり。

ミーナさん:それからは早かったね。隣街に2号店、その隣街に3号店をオープンしました。

エイジさん:3号店が軌道に乗った時、「あの時」と同じ気持ちになって、「また新たなチャレンジがしたい」って(笑)それで次は宮崎へ。

宮崎で新たな挑戦へ

エイジさん:宮崎を選んだ理由は人の温かさと、波の優しさです。オーストラリアで一緒に働いてた5人のメンバーも宮崎に連れてきて、宮崎市内でパスタ店「ガマの森」をオープンしました。

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今は青島ビーチパークでもPOKE2489を出店。僕は飲食店が好きで今のお店をやっているけど、もう店舗を増やす仕事をするつもりはないです。今はどこで過ごしていても、世界中の仲間と仕事ができる時代なので、これからは宮崎で暮らしながら世界の若者に自分の経験や生き方を伝えていきたいな。

ミーナさん:いい意味でも、悪い意味でも、ゼロからリスタートできるので、移住っていいなと思います。宮崎の方は宮崎には何も無いと言われますが、何も無いからこそ自分と向き合うことで、本当に自分がやりたいこと、会いたい人が見えてくると思うんです。都会で暮らしていると、面白そうなことや楽しそうなことが多くて、本当に自分にとって本当に大切なことを見落としてしまう気がします。

宮崎は素晴らしいところです。ハワイよりもオーストラリアよりも素敵な場所だと感じているから、私達は今、ここに居ます。

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プロフィール

Elca house代表 石川英治さん38歳。ミーナさん31歳。千葉県からハワイ・オーストラリアを経て宮崎へIターン移住。宮崎市内で飲食店を経営している。

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