移住者の声

世界を周り、東京でカメラマンに

出身は熊本県で、語学留学やバックパッカーとして海外を回りました。その後、タイで資金が尽き、身につけたのがタイ式マッサージ。学校に通い、施術可能な技術を身につけました。タイ式マッサージの求人を見つけ、日本の軽井沢へ戻り出会ったのが現在の妻です。

施術の技術を身に着け、仕事にしたものの、マッサージの仕事があまり自分に合っていないと感じ退職。その後、もともとカメラが好きだったこともあり都内の「撮影スタジオ」に就職。商業写真撮影の仕事をすることになりました。

結婚、震災、そして「保育園に入れない」

カメラマンとして独立後、妻との結婚を機に横浜へ移住しました。その後1人目の子どもを妊娠し、妻が里帰り中に震災がおきました。妻には実家で子育てしてもらい、約半年後戻ってきてもらいました。その後、2人目を妊娠、妻は再度子供と里帰りし、出産後横浜へ戻ってきたのですが、そこで大きな問題が起こりました。

「保育園はもういっぱいで入れません。もし入れたとしても、2人別々になってしまいます。」

そう言われたんです。ものすごくショックでした。

上の子が行っていた保育園が素晴らしくて同じところに行かせたかったのですが、いっぱいで入れない。子どもたちに合った保育園を見つけるのにも一苦労な中でせっかく良いところに出会えたのに…。他の保育園に話を聞きに行っても、同じ保育園は厳しいという回答。すごく残念でした。

割と軽いノリで「一旦行ってみよっか!」

そんな中、宮崎の知人がちょうど東京に来ていて「じゃあ、宮崎来てみたら?」と声をかけてもらいました。保育園や震災のこともあり、宮崎もいいかなと想いました。妻に相談すると『全然いいよー』と。じゃあ一旦行ってみよっか、と割と軽いノリで2013年の夏に宮崎に来ました。

もともと実家は熊本だったので宮崎にもよく遊びに来ていたんです。独特の南国感や方言も好きで。人もほんわかしているので心地よかったです。ご飯も美味しく、混雑も少ない。ここに住もう、と動き出しました。

地元の不動産を利用

まずは住居を決めました。インターネットを使って検索し、アポをとり、2〜3回現地を見に行きましたね。あえて、できるだけ地元密着型の不動産を選びました。私自身、これまで引っ越しや不動産を数多く利用してきたんですが、やっぱり地元密着型の不動産は、大手が持っていないネットワークで地元ながらの情報を持っていると思います。あとは、宮崎の知人がサポートしてくれたもの大きかったです。1人でもいいので、知人を作れると良いですよね。

無事不動産を決め、仕事はカメラマンとして知人の会社をお手伝いするという形で、2014年3月に移住しました。

宮崎で起業するということ

移住後、自分自身で事業を立ち上げたいと会社を設立。今は、ブライダルウェブサービスの事業や、商業写真をメインとした撮影スタジオを最近立ち上げカメラマンとして活動しています。

https://www.facebook.com/studionil0/

都内に比べると確かに、田舎で仕事が無いかもしれない。でも仕事を自分で作り出すのには最適な環境です。何かをやりたい!と言ったときに、いろんな情報を提供してくれる人や協力してくれる人が集まりやすい。セミナーに行ったり、スタートアップのイベントにも参加しましたが、こういった機会も身近に存在しています。コンパクトな宮崎市だからこそではないでしょうか?

他県と比べ、ウェルカム感が強い場所

保育園は土地が広く、待機児童も宮崎ではほとんどいない様です。子どもたちは今や、5歳と8歳まで成長。バリバリの宮崎弁になっています。休日は、家族で宮崎県内各地の温泉や公園に遊びに行くんですよ。とてものびのびと育ってくれています。

憧れの田舎暮らし。そう思って移住しましたが、当時友人には「お前は都会じゃないと無理だろう」とよく言われていました。確かに、思っているほど田舎暮らしは好きじゃなかった(笑)。移住したての時はよく「何もないなぁ。」と戻りたくなっていました。仕事で都内に行く機会は多く、最初は戻るたびにホッとしていました。でも時が経つにつれ、段々それがなくなっていった。逆に宮崎が恋しくなるようになっていったんです。

一人で飲みに行っても、必ず知らない人と繋がるくらい、宮崎はウェルカム感が強い場所。これまで行ってきたどの都道府県よりもそう感じます。新しい土地への移住って不安だと思います。仕事は特に限られてきますし。だけど、自分さえ動けば自由になんでもできる環境はあります。応援してくれる気風もある。ぜひ何かチャレンジしたい!という人には宮崎をオススメしたいですね。

プロフィール

神奈川県からJターン 起業家 林成志さん(42歳)。熊本県出身。海外経験を経て、都内でカメラマンに。震災やお子さんの保育園問題もあり、2014年3月に宮崎市へ移住。現在はカメラマン、起業家として活躍している。

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