移住者の声

美しいものを作る場所が綾にある事を知って欲しい、そして自分から伝えていきたいです。

小さい頃からこの工房は知っていました。でも藍染をしている所の認識だけで関わりは無く、高校を卒業して東京の大学に進学しました。初めてこの工房を訪れたのは、大学3年生の春。東京の知り合いが、工房を訪ねるということで同行したのが最初です。それまでは、職人に対する一方的な固定観念を持っていました。でも主宰の秋山さんは違ったんです。職人だけどとてもフレンドリーで気さくに話してくれて、「この人の下だときっと楽しい、働かせて欲しい」という思いがぐっとこみ上げました。

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その日すぐに「工房で働こうと思っている」と親へ伝えました。返って来た言葉は「まだ時間はあるし、じっくり考えてみなさい」というもので、すぐには賛同を得られませんでした。それから1年後の大学4年生の夏、大学院に進学をするか進路を考えた末に浮かんだことは、工房で働きたい、という思いでした。

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そして秋山さんに直談判し思いの丈を話しました。しかし秋山さんからは、その場で良い返事をもらえませんでした。私の境遇を考えた上での対応だったと思います。それでも、「綾で藍染をやる」という気持ちは強く、最初に工房を訪れた日から、ブレる事なく心はずっと一筋でした。結局、大学院の入試は受けず、念願叶って秋山さんの下で働ける事になりました。

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藍を仕込む工程の“藍建て”は室町時代の頃に確立され、工房では、今もほとんど変わらない手法で仕込んでいます。注目されるのは藍染の色だけど、絹が染まる瞬間とそれまでの動作も全て綺麗なんです。ここでは、濃いものから薄いものまで染め具合に合わせて藍を仕込んでいます。毎日朝と夕方に様子を見るのですが、藍が疲れている時は、液表面の様子も変化します。その時の状態を見て藍と対話をする時間がすごく楽しい。藍も生きている。生き物と同じです。藍染ももちろん好きですが、藍自体がとても好きなんです。

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僕の場合は、自分が美しいと思うものを残していきたいし、こんな環境が綾にある事が知られていないという、もったいなさを感じた中での職人という選択でした。綾の藍染は若い世代には知られていない。だから、この年齢である自分が発信して知ってもらいたいし、伝えていかなければいけないと思っています。私の夢は、新しいプロダクトを作って、日本だけでなく海外でも展開していく事なので、デザインなど、藍染の新しい挑戦に協力してくれる仲間を求めています。

プロフィール

1992年生まれ、国富町出身。綾町にある“綾の手紬染織工房”にて、養蚕から染織、手織りの習得に努める。大学進学で上京をした後、卒業と同時に綾町へUターン。休みの日はクロスバイクに乗り近隣を散策している。

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