移住者の声


関西の大学を卒業後、東京の一部上場企業のIT企業に就職しました。やりがいもあったし楽しい仕事でした。東京では通勤時間が長いのは当たり前だったので疑問に思うこともなく家には入浴と睡眠に帰るような生活をしていました。30歳になったとき、ふと「海のそばに住みたい…」そう思ったんです。そして宮崎に支社を構えるIT企業に転職しました。もちろん情報はネットで集めて海のそばに駅のある「青島」に住まいを決めました。

宮崎に移住して理想の生活を送ることができ最高でしたが、1時間に1本あるかないかの電車の本数に愕然としました(笑)今までは電車での通勤が当たり前だったので、駅近くに住むということしか考えてなかったですね。宮崎市の街中にある会社には朝5時台の電車に乗って通勤しました。でも念願の海のそばに住んでいても、同じ業種に転職したので仕事内容はさほど変わらず、都会での生活と同じで再び悶々とした日々を過ごすことになってしまったんです。そんな時、日々青島で目にしていた漁師の仕事を「自分もしてみたい!」って思い立ったんです。直感を信じて転職した企業を退職し、漁師の道を目指すことにしました。

漁師になった後に親戚から聞いたのですが、実は僕の曽祖父が淡路島で網元だったようで、DNAがそうさせたのか!?とも思いましたね(笑)

 


漁師になると決めましたが、漁師になることはそう簡単なことではありませんでした。はじめは宮崎県が行っている漁業体験研修事業を5日間受けて独立したんです。通常漁師の技術は昔から引き継がれていくもので一般的には親方から引き継がれます。よその土地から来た僕には親方はいません。見よう見まねで漁具を作り毎日試行錯誤しながらいろいろなことを試しました。もともと探求心はあるほうなので、いろんな文献も読みました。ネットでも情報収集しました。そして貯金を切り崩して小型船も購入し、いきなり海にも出たんです。もちろん免許は取りましたがとりあえず海に出てみよう!という初日でした。漁業は同じ海で魚を捕る競争の世界です。技術を教えあうような風習もありません。技術は盗んで身に着けるしかありませんでした。

 

 


「やり続けることが勝ちにつながる」そう思っています。
はじめはよそ者で何もできなかった私ですが、やり続けることで徐々に結果に繋がっていきました。

昨年から牡蠣小屋を開業して地元の新鮮なお魚をその場で焼いて食べれるように提供もしています。僕がなぜやり続けるか?は単純に宮崎のおいしい魚を皆に食べてほしいんです。販売や加工つなげていき儲かる漁業、安定した収入、続けられる産業にしていきたいと思っています。そして青島・宮崎の地域活性化を図りたい。しんどいこと、大変なことはすごく多いです。でも自分のやりたいことをやることができます。命かけてます、漁業に。どうせなら濃い人生送りたいじゃないですか!
都会では仕事で認めてほしければ人の倍以上働かなければ結果は出ません。宮崎では同じくらい頑張れば5倍、10倍の結果が出せます。宮崎の方はせかせかしておらずのんびりしていておおらか!とてもいいところだと思います。一方言い方を変えると宮崎の皆さんは頑張り方があまりわかってないようにも思います。宮崎できらりと輝くのは実現しやすいです。


漁業も移住も簡単なことではありません。しんどいことも多いし、休みも今はほとんどありません。宮崎は正直に言うと、都会に比べて収入も多くはありません。便利さも劣ります。でも宮崎はとにかく気持ちいい!
食べ物がおいしいし、自然が最高に良い。人・町が穏やかなこのメローな感じがが合う方であれば住むのに、働くのにすごくいいところです。通勤時間の短い宮崎は時間も有効に使えます。人の人生ではなく自分の人生を歩むことができるんです。僕はとても充実した毎日を過ごしています。

これから必要なのは地域で漁業をする方や移住者を受け入れる体制を作っていくことだと思っています。漁業をする人を増やしたい!僕が漁業を始めたころは本当に狭き門で大変だったんです。今は補助する体制がずいぶん整ってきました。漁業をやる気があればいつでも始められます。もちろん僕ができる支援・応援もしていきます。実際、いま僕の船では県外から漁業をするために移住してきた20歳の西君が働いています。漁業をする人を増やしたいんです。そして青島を水産業の街として立て直し地域活性化したい。移住を希望する人達に宮崎を選んでもらえるように、漁業で宮崎をほかの地域との差別化を図りたいと思っています。そしてそれが実現したあかつきには青島でのんびり漁業をして過ごしたいと思っています。
よそ者・若者・馬鹿者は地域を変えるっていうじゃないですか!何かをやる意思と意地のある人は漁業に移住にチャレンジしてみてください。

プロフィール

森 茂朗さん(38歳)兵庫県神戸市出身。移住後IT企業に務めたのち、意を決して漁業にチャレンジ。今は牡蠣小屋を営みながら若者にも漁業を教える毎日を送る。

お問い合わせ

お問い合わせフォーム