サラリーマンから転身し、宮崎市で未経験の漁業に挑戦
2025.08.21
中野 康隆さん(50代)東京都からIターン:漁師歴6年
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移住の経緯:サラリーマンを辞めて、宮崎市で漁業に挑戦
高校まで奈良県で過ごし、京都の大学に進学した後、東京の会社に就職しました。会社には25年勤めましたが、サラリーマンじゃない仕事をしたいと思い退職を決めました。
実は漁師になると決めたのは、仕事を辞めたあとだったんです。元々自然が好きなので、農業でも果物でも漁業でもいいかなと思ったんですが、一番参入障壁が高そうだった漁業を選びました。
そこから、漁業をするために受け入れてくれるところを全国で探していました。 その時に、漁業研修等の受け入れ体制が整っていたのが宮崎市だったんです。 気候があたたかいことや、漁港のある青島が宮崎空港から15分と近いのも良かったですね。 妻は現在も東京住まいなので、東京とも行き来しやすく、県外から人を迎え入れやすいです。

移住後の暮らし(未経験の漁業):漁師として独立するまでの道のり
実際には、息子の高校卒業と大学進学を待って、20119年に宮崎市の青島に移住しました。
移住前の2016年に、漁業短期研修を受けた時に知り合った漁師の方が引退されるタイミングで船を譲ってもらうことになり、
船の名前を「遊戯丸」としました。普通は女性の名前を付けることが多いらしいですが、長男と次男の頭文字から名付けました。

元々、趣味で釣りをするのが好きだったので、自分で船を運転したいと思い、東京にいるときに船舶免許は取っていました。
未経験の漁業に挑戦するにあたって、自分が選択したのは「底曳き漁業」でした。
選んだ理由としては、釣りの漁業は身体で覚えなきゃいけない感覚がたくさんあって、豊富な経験がないとなかなか身につかないんです。
その点、底曳き漁はGPSがあって道具があって、ある程度の機械操作知識さえ備われば、自分の年齢からでもチャレンジできると思いました。

現在、宮崎市漁協に所属していますが、他の漁師とのコミュニケーションによって、知りたいこと(どんな魚がどういうふうに取れるのか、どんな魚がどこにいるのか、どんな食べ方があるのか)などを教えてもらえます。
みんな優しいし、助けてくれるので、仲間として認めてもらえれば、すごくいい環境です。

天気や状況によって変わりますが、決まった休みはないです。
休みになった日は、温泉やサウナに行くのも好きですし、ひなたぼっこや散歩をしたり、自宅周りのメンテナンスや買い物にも行きます。
料理は基本自炊しています。素材がおいしいので、野菜やお肉、自分の取った魚などを調理して食べています。
あなたにとっての宮崎LIFE:人も気候もあたたかい宮崎。ここから魚の魅力を伝えていきたい。
宮崎に来て思うのは、人柄がすごくいいことです。ご近所を含め漁協の皆さんも、初めて知り合った方も、みんな優しくアットホームな感じがします。また、日照率が日本で一番高く、九州で唯一北からの大陸からの影響をあまり受けないところなので、年中あたたかいというのもいいところです。
漁師という仕事のイメージが「大変」「儲からない」というところを紐解かないと難しいと思います。ただ、やってみたいと思うなら来るべきだし、自分の知っていること以上に専門的に知ることができます。 漁業の新規就業者向けの研修制度や補助金等もあるので、それを活用するのもいいと思いますし、宮崎は人がウェルカムで、やれる環境や土地が揃っているので、都心でがむしゃらにやるよりはこちらの方がやりやすいと個人的に思いますね。
宮崎と言えばチキン南蛮や宮崎牛、マンゴーやピーマンなどのお肉や青果物は県外でもブランドとして有名ですが、魚はまだまだ有名ではないと思っています。本当に美味しい魚介類がたくさんあるので、これからもっと宮崎の魚介類をアピールできる方法を自分なりに考えていきたいと思っています。
